2011年03月23日

イタリア、原発復活計画を1年間凍結へ

 イタリア政府は23日の閣議で、原子力発電所の再開計画を1年間凍結することを決定する。パオロ・ロマーニ(Paolo Romani)経済発展相が22日、明らかにした。凍結される計画には、原発に関する決定や候補地調査なども含まれる。

 イタリアは、2030年までに国内電力の25%を原発発電でまかなうことを目標に、2014年にも新たな原発建設を開始する計画だった。

 だが、日本で東北地方太平洋沖地震による原発事故が起きる以前から、イタリアで原発を不安視する声は高く、調査会社イプソス(Ipsos)が前月に実施した世論調査でも、58%が原発に反対と答えている。

 イタリアでは、1986年のチェルノブイリ(Chernobyl)原発事故をうけ、翌年に廃止した国内原発を復活させる動きが高まっていたが、ロマーニ経済発展相は前週、こうした動きに「再考」を促していた。


http://www.afpbb.com/article/politics/2792028/6994242
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イタリア、原発再開計画1年間停止へ

 イタリア政府は22日、閉鎖している原子力発電所の再開に関するすべての計画を1年間停止する方針を固めた。ロマーニ経済発展相が明らかにした。23日の閣議で正式に決定する。福島第一原発の事故の影響で、原発への不安がイタリアでも広がっていることを受けた措置とみられる。

 同国では、1986年の旧ソ連・チェルノブイリ原発事故後、国民投票で当時の原発関連法を廃止。すべての原発が廃止され、建設計画も凍結された。

 しかし近年、産業界を中心に原発再開を求める声が強まり、ベルルスコーニ政権は脱原発政策を転換、2009年2月にフランスと協力協定を結んだ。13年までに原発建設に着手し、20年までに最初の原発を稼働させる計画で、すでに法律も成立している。

 ところが再開に反対する野党などが署名を集め、国民投票の実施を求めて憲法裁判所に提訴。同裁判所は今年1月、法律の存廃を問う国民投票を6月中旬までに実施することを命じる判決を下した。


http://www.asahi.com/international/update/0323/TKY201103230115.html
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2010年11月19日

山中京大教授に伊バルザン賞 iPS細胞開発を評価

 イタリアとスイスに本部のあるバルザン財団により世界の優れた研究者や人道活動家に与えられる今年のバルザン賞の授与式が19日、ローマのイタリア大統領官邸で行われ、ナポリターノ大統領が山中伸弥京都大教授(48)ら受賞者4人を表彰した。

 神経や内臓などさまざまな組織に成長できる人工多能性幹細胞(iPS細胞)の開発に世界で初めて成功したことが評価された。山中氏は今年のノーベル医学生理学賞の有力候補にも挙げられた。賞金は100万スイスフラン(約8400万円)。

 同賞はこれまでマザー・テレサや、カーボンナノチューブを発見した飯島澄男名城大教授らに与えられた。同財団は、イタリアの日刊紙の名記者だった故エウジェニオ・バルザン氏を記念して設立。毎年、自然科学、人文科学分野各2人の計4人に、数年おきに人道、平和に貢献した人に授与される。


http://www.47news.jp/CN/201011/CN2010111901000518.html
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2010年09月07日

バルザン賞:iPS細胞の京大・山中伸弥教授が受賞

 イタリアとスイスの民間機関が運営するバルザン財団は6日、世界の研究者4人に与えられるバルザン賞を、京都大学の山中伸弥教授(48)に贈ると発表した。授賞式は11月19日、ローマのイタリア大統領府で行われる。賞金は100万スイスフラン(約8300万円)で、その半額を研究に充てるよう義務づけている。

 授賞理由は「成体の細胞を胚性(はいせい)幹細胞(ES細胞)に似た新型万能細胞に転換する方法の発見」。山中教授は06年、あらゆる臓器や組織になる能力を持つ人工多能性幹細胞(iPS細胞)を、受精卵を使わず体細胞から作る方法を発表した。

 バルザン財団はイタリアのジャーナリスト、エウジェニオ・バルザン(1874〜1953年)の遺産を基に56年に発足。毎年、人文科学2、自然科学2の4分野を選び、各分野で顕著な功績を上げた現役の研究者に賞を与えてきた。日本人では、炭素からなる極小の新素材「カーボンナノチューブ」を発見した飯島澄男・名城大教授が07年に受賞している。

 山中さんのほか、欧州史からカルロ・ギンズブルグ(イタリア)、演劇史からマンフレッド・ブロウネック(独)、数学からジャコブ・パリス(ブラジル)の各氏が選ばれた。


http://mainichi.jp/select/science/news/20100907k0000e040022000c.html
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2010年08月24日

イタリア・ジェノバ湾でイルカの生態追う科学者たち

「ほら、あそこにいる」−−10頭を超すバンドウイルカの群れに向かって、洋上のゴムボートから指をさす。子連れの母イルカだという。

「成体は3〜3.5メートルにも達する。寿命は飼育下で約45年、野生だと10年ほど短くなります」。イタリア北西部チンクエ・テッレ (Cinque Terre)沖でイルカを追うのは、 ジェノバ大学(University of Genoa)大学院生のフルビオ・フォッサ(Fulvio Fossa)さん(35)。2006年以来、雨の日も風の日も休まず週2〜3回、2人の同僚と欧州で最も人気のあるジェノバ近郊の水族館、「クジラ目観察センター(Cetacean Observation Centre)」のためにイルカを観察・撮影し、目録を作成している。

■人間とイルカの愛憎の関係

 継続的な観察からはさまざまな発見が生まれている。

 フォッサさんたちは地中海地域のほかの研究グループとも協力し、イルカが睡眠中に片目だけしか閉じていないことを発見した。イルカの脳は一度に片側ずつしか休まないためだった。そして眠りながらも円を描いて泳ぎ続けるという。
  
 イルカと人間のコミュニケーションも大きな研究のテーマだ。イルカにとって環境を汚染し、騒音をたて、餌を枯渇させる人間は最大の敵だ。一方、サバやタイ、メルルーサやコウイカといった漁の獲物と餌が重なるイルカを、漁師は嫌う。「イルカは漁の網を破ってしまう。ここから人間とイルカの愛憎の関係が生まれるのです」

 またイルカは縄張りを意識しているようだという。「フランス南部のコルシカ(Corsica)島周辺のイルカは、このジェノバ湾周辺やトスカーナ(Tuscany)沿岸のイルカとは交わりません」

■これまでに244頭の資料をアーカイブ

 何百枚と撮りだめてきた写真のおかげで、フォッサさんはイルカたちの移動を追跡できている。中にはよく見かけるために名前をつけたイルカもいる。イルカの個体差が分かりやすいのは鼻先よりも、傷などがついている背びれだ。よく見ると形も1頭ずつ違うと、ジェノバの水族館でこのプロジェクトをまとめるGuido Gnoneさん。

 撮影された写真は同水族館に送られ、アーカイブに加えられる。これによって何年にもわたってイルカの動きを追うことができるのだ。現在、写真が収蔵されている個体数は244頭だ。

 水族館の巨大な飼育槽で水しぶきをあげる2頭のイルカを前に、はしゃく子どもたちを眺めながらGnoneさんは「イルカに関するわれわれの知識のギャップを埋める」ことが主な目的だと語った。

 この「クジラ目観察センター」はジェノア南東100キロのトスカーナ州ビアレッジョ(Viareggio)村にあり、申し込めばチームの海上観察に同行できる。


http://www.afpbb.com/article/environment-science-it/environment/2750326/6104025
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2010年03月30日

ローマ時代の鉛製の棺を発見

 イタリア、ローマの近くの廃墟で1700年前のサルコファガス(棺=ひつぎ)が発見された。納められている遺体は剣闘士かキリスト教聖職者の可能性があるという。この棺はローマ帝国時代の古代都市ガビィにあるセメントで封印された穴の中から発見されたが、鉛製である点が珍しい。ローマ時代の墓で鉛製の棺は数例しか知られていない。

 ミシガン大学ガビイ・プロジェクトの責任者であるローマ考古学者ジェフリー・ベッカー氏は、「さらに珍しいのは、まるでメキシコ料理の“ブリトー”のように、362キロの鉛で遺体が包まれている点だ」と話す。鉛・・・

 ミシガン大学ガビイ・プロジェクトの責任者であるローマ考古学者ジェフリー・ベッカー氏は、「さらに珍しいのは、まるでメキシコ料理の“ブリトー”のように、362キロの鉛で遺体が包まれている点だ」と話す。鉛のサルコファガスは通常、古風なお菓子の缶のように長方形の形に成型されていて蓋が付いているという。

 棺は昨年から倉庫で保管されているが、詳しい調査を行うためローマのアメリカンアカデミー(AAR)に移される予定だ。

 だが、この遺体の人物を解明するのは難しい作業のようだ。墓に盗掘の形跡はないが、埋葬者の手掛かりとなる埋葬品が入っていなかった。また、棺の分析によく使われるX線検査やCTスキャンでは厚い鉛を透過できないため、他の方法で中の遺物を調べることになるが、それには危険が伴うという。

「過去の記録に一致する手掛かりがないので、心躍ると同時にストレスのかかる作業だ。この鉛の棺の秘密を解明すれば、何世紀も忘れ去られていた強大な文明について新たな知見がもたらされる可能性がある」とベッカー氏は話す。

 ガビイでは2009年に発掘調査が行われたが、中でもこのサルコファガスは同年で最も驚くべき発見だった。ベッカー氏とメンバーのニコラ・テレナート(Nicola Terrenato)氏は、実施中の本プロジェクトでナショナル ジオグラフィック協会の研究・探検委員会(CRE)から助成金を受けている。

 ローマからわずか18キロの地点にあるガビイは紀元前10世紀に建設され、勢力を拡大する隣国のローマ帝国と並んで数世紀にわたって繁栄した。ローマとは政治的な同盟関係を結んでいた。「ガビイの街中はローマ市街と似ていたかもしれない。人口が多いために混雑して騒がしく、日中でも煙でくすんでいて、全体的に住みにくい環境だったようだ」とベッカー氏は話す。

 だが、ガビイは西暦2〜3世紀までに急激に縮小して、9世紀頃には滅亡した。「原因ははっきりしていないが、ローマの勢力拡大と領土的野心に飲み込まれたのではないか」とベッカー氏は推測する。

 発見された鉛の棺は、謎に包まれたガビイの歴史と相まって一段と興味深い存在となっている。

 当時、鉛は貴重な金属だったため、「鉛製のサルコファガスは、被埋葬者がある種の重要人物だったという証になる」とベッカー氏は言う。ヨーロッパで過去に発見された鉛の墓には、兵士やキリスト教会の有力者が埋葬されており、女性の剣闘士の場合もあった。

 今回の研究には関与していないロンドン博物館のローマ考古学担当上級学芸員ジェニー・ホール氏によると、事実、鉛の墓には男性ではなく高位の女性や若者の遺体が含まれている場合が多いという。

 イギリスのオックスフォード大学オールソウルズカレッジの古典考古学客員教授ブルース・ヒッチナー氏は、「暫定的ではあるが、今回のサルコファガスの年代から考えると剣闘士という可能性は低い」と話す。

 棺の年代は西暦4〜5世紀にさかのぼるが、剣闘士の全盛期はそれより数世紀前だというのだ。同氏も今回の調査チームには参加していない。

 研究者にとって、鉛の棺の開封は危険を伴う作業になる。覆いを切り開く際に、がんの原因となる鉛のちりを吸い込む恐れがあると同時に、遺体がバクテリアと接触してたちまち損傷を受ける可能性もある。

 チームは移送先のアカデミーの施設で、サルコファガス調査の予備的な試験を行う予定だ。例えば、足側に穴を空けて小型の光ファイバーカメラを挿入する内視鏡的な接近方法などが想定されている。もし切削中の鉛のちりが十分に許容範囲内に収まると確認できれば、バクテリアなどが入り込まないクリーンルームで棺を開封する段階に進むことになるだろう。

 ベッカー氏は金属に包まれた棺の人物が歴史への新たな扉を開いてくれることを望んでいる。「歴史に興味がある者なら心躍るような機会が巡ってきた。 1700年前の人物についてその生涯が解明される可能性があるのだ」とベッカー氏は語っている。


http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=20100330001
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2010年03月01日

“ベネチアの吸血鬼”の正体が判明

 イタリアのベネチアに近い集団墓地から女性の“吸血鬼”が発掘されていたが、今回、新たな研究から生前に“魔女”として扱われていたと推定された。

 2006年、中世の疫病の犠牲者の中から16世紀の女性の頭蓋骨が見つかった。彼女の口はレンガでこじ開けられていたが、これは当時のヨーロッパで吸血鬼と疑われた遺体に対して行われた悪魔払いの儀式だった・・・

 2006年、中世の疫病の犠牲者の中から16世紀の女性の頭蓋骨が見つかった。彼女の口はレンガでこじ開けられていたが、これは当時のヨーロッパで吸血鬼と疑われた遺体に対して行われた悪魔払いの儀式だった。

 研究チームのリーダーを務め、イタリアのフィレンツェ大学の法医考古学者マッテオ・ボリニ氏は、2009年3月にこの頭蓋骨についての発表時、「これまで吸血鬼にかかわるものであると認められた考古学資料はなく、これが初めての事例となる」と述べていた。その後の調査で、彼女の人物像や魔術に手を染めたと疑われる理由、さらには実際の容貌まで解明されることになる。

 ナショナルジオグラフィック チャンネルのドキュメンタリー番組「吸血鬼の法医学(Vampire Forensics)」の中で、ボリニ氏は次のように語った。「500年前の彼女を手がかりに吸血鬼伝説の起源を解明すれば、歴史の一部が書き直されることになる」。

 ボリニ氏はベネチアのラッザレット・ヌオーボ島で集団墓地の発掘時に“吸血鬼”の頭蓋骨を発見した。中世では吸血鬼の存在が広く信じられていたが、これは主に腐敗のプロセスがよく理解されていなかったためだという。例えば、人間の胃は死後腐敗が進むと血液に似た暗褐色の体液を放出するが、死体の鼻や口から大量に流れ出すことがある。

 当時の墓や集団墓地は、疫病が流行すると次々に遺体を埋葬するためにたびたび掘り返された。イタリアの墓堀人たちは腐敗した遺体を見て、流れ出した体液を吸血鬼の犠牲者の血だと誤解したのかもしれない。また、遺体の口の辺りを覆う埋葬布がこの体液で湿って口の中に落ち込み、裂け目ができたように見えたのかもしれない。まるで遺体が布を噛んでいると考えても無理はない。

「吸血鬼は疫病の原因とも考えられていた。埋葬布を咬む行為は、人間に病気を広めるために吸血鬼が使った魔術だという迷信が根付くことになった」とボリニ氏は話す。

 吸血鬼と疑われた遺体の口にレンガや石などが詰め込まれたのは、口をふさげば疫病の流行が止むと信じられていたためだった。

“ベネチアの吸血鬼”の詳細を具体的に肉付けするために、ボリニ氏は科学者チームを結成した。

 古栄養学者は頭蓋骨と同時に見つかった遺体の一部を細かく砕き、死後も骨内部に定着している食物由来の成分を探した。その結果、食事の大部分が野菜と穀類で占められており、彼女の身分は低かったとわかった。

 DNA解析により人種はヨーロッパ人と判明した。法医学歯科医は最先端のデジタルX線装置で頭蓋骨の長い犬歯を調べて、61〜71歳という死亡年齢も突き止めた。ボリニ氏は番組内で、「60歳過ぎという結果には驚いている。16世紀では、ほとんどの女性がその前に亡くなっている」と述べている。

 魔女の恐怖が広まっていた中世ヨーロッパでは、悪魔が不死などの不思議な能力を魔女に授けていると考えられていた。死後に吸血鬼として疑われたとすると、生前は高齢のために魔女呼ばわりされていたのではないか、というのが研究チームの推測だ。

 ボリニ氏は研究の最終段階で、3Dイメージの専門家に頭蓋骨のデジタルモデルの作成を依頼した。そのモデルを土台にして筋肉を追加し、“ベネチアの吸血鬼”の顔を再現していった。

 そうして姿を現したのは、ごく普通の女性の顔だった。「死後数世紀を経て、彼女に対する疑いをようやく晴らすことができたようだ。これで一段落だが、ちょっと不思議な感じもする。親近感がわいてきたところだったからね」とボリニ氏は語っている。


http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=20100301002
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2010年01月29日

ダビンチと「モナ・リザ」の謎 究明のため遺骨のDNA検査、放射性炭素年代測定を要請 伊の科学者グループ

 イタリアのルネサンス期を代表する芸術家として知られるレオナルド・ダビンチに関する数々の謎を解こうと、イタリアの科学者グループが2月初めにも、フランス政府に対して、フランスの墓地に葬られているダビンチの遺体を検分し、DNA検査や放射性炭素年代測定などの実施を要請することが分かった。AP通信が29日、ローマ発で報じた。

 レオナルド・ダビンチは分かっているだけで、絵画、彫刻、建築、土木、人体、その他の科学技術に通じ、極めて広い分野に多くの業績を残している。特に、「最後の晩餐」や「モナ・リザ」などの精巧な絵画はルネサンス最盛期を代表する作品であるほか、飛行機のアイデアなどの膨大な手稿(ノート)も残している。

 だが、これほど多くの研究や芸術的な業績を一人で成し遂げられるかが疑問視されるなど、ダビンチについては謎が多い。

 これまで取りざたされた謎のなかで、よく知られているのは、「モナリザ」はダビンチの自画像をもとに描かれたのではないかというもの。

 また、ダビンチは1452年生まれで、1519年に死亡したというのが定説だが、「実はダビンチは女性だった」とか、「本物のダビンチは少年のころに死んでおり、残されているダビンチの自画像は別人」、「フランスの墓地に埋葬されているダビンチの遺体はにせ物」など、さまざまな疑問が提示されている。

 これらの謎を解くのに最も簡単なのは、墓地に眠る遺体を掘り出して、その頭蓋骨から顔の輪郭や表情を再現させること。また、残された骨をDNA鑑定して、ある絵画の絵の具の中のダビンチの親指あとから検出されたDNAと比較するほか、放射性炭素測定で骨の年代を特定する―などの方法が検討されている。

 しかし、イタリアの科学者グループがフランス政府に遺体の検査を要請したとしても、法律上の規制から、許可をえるまでに多くの手続きが必要で時間がかかるほか、検査そのものが却下される可能性もあるという。

 さらに、フランスの研究者の中には、「墓地に埋葬されているダビンチの骨はにせ物」という説に強く反発する者や、イタリア側の要求そのものに強い拒否感を抱いている者も多いとあって、ダビンチの遺体検査そのものが実現かどうかは未知数だ。


http://sankei.jp.msn.com/world/europe/100129/erp1001291331006-n1.htm
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2009年12月03日

考えるだけで義手動かす 伊など研究チームが成功

【ローマ共同】イタリアのカンプス・ビオメディコ研究所などの国際研究チームはローマでの記者会見で、前腕が切断された人の残された腕の神経に手術で電極を差し込み、精巧な機械式の義手と結ぶことで、考えただけで義手を動かすことに成功したと発表した。AP通信などが3日、報じた。

 義手の5本の指を自由に動かし物をつかむことに成功したほか、被験者は物をつかんでいるとの感覚も感じた。研究チームによると、同様の実験はこれまでにも行われたが、これほど複雑な指の動きを実現できたのは初めてという。

 被験者のイタリア人男性(26)は3年前の自動車事故で左腕を切断された。実験は約1カ月間行われ、男性は実験開始数日後にはこつを覚え、全体の95%で考えた通りに義手を動かせた。

 研究チームでは今後2、3年のうちに、電極を差し込んで義手を動かす期間を長期化し、考えるだけで動かせる義手の実用化にめどを付けたいとしている。


http://www.47news.jp/CN/200912/CN2009120301000964.html
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2009年11月24日

「ガリレオの指と歯」100年ぶりに発見 伊博物館

イタリアのフィレンツェ科学史博物館は23日、天才科学者ガリレオ・ガリレイの遺体から切り取られた2本の指が、約100年ぶりに見つかったと発表した。

同博物館長によれば、ガリレオは1642年に死去した後、1737年3月に遺体がフィレンツェに移されたが、この際に指3本が切り取られ、歯も抜き取られた。指2本と歯はガラス瓶に入れて密封保存されていたが、1905年以降は行方が分からなくなっていたという。

最近になって、この指と歯入りのガラス瓶をオークションで入手したという人物が同博物館に持ち込んだ。密封容器と中身については1905年当時の状態を詳しく書き記した文書が残っており、同博物館がその文書と持ち込まれた瓶を照合したところ、細部まで一致したことなどから、本物と断定したという。

ただしオークション主催者は、瓶の中に入っているのがガリレオの指だとは知らなかったとみられる。

ガリレオの指などが切り取られたのは、聖人の死後に指や舌などを切り取ってその力にあやかろうとするのが当時のカトリック教徒の間で一般的な習慣だったことから、それと同じ理由だったとみられる。

切り取られた指3本のうちの1本は同博物館が1927年に取得して収蔵しており、同博物館では今回見つかった残りの2本と歯を合わせ、2010年3月から展示する予定。


http://www.cnn.co.jp/science/CNN200911240010.html
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2009年11月22日

失われたガリレオの指と歯を100年ぶりに発見

100年以上もの間、行方知れずだったイタリアの有名な天文学者ガリレオ・ガリレイの親指と中指、そして歯が発見された。イタリアにあるフィレンツェ科学史博物館の発表を受け、21日テレグラフ紙などが報じた。

同博物館の館長であるPaolo Galluzzi氏によると、1642年にガリレオ・ガリレイが没して以降、遺体は保管所に安置されていたが、1737年にサンタクローチェ教会の“ガリレオ墓”に移動することになった。その際に、熱心な崇拝者により遺体から3本の指と歯、背骨が持ち去られたという。

その内、1本の指はすぐに見つかったため遺体に戻され、今は同博物館に展示されている。また背骨は、彼が教壇に立ったパドヴァ大学に保管されている。

だが右手の親指と中指、歯は熱心なファンの1人であったイタリアの侯爵家で代々受け継がれていたため、どこにあるのか手掛かりがまったく掴めなかった。その後1905年に、当時の当主が何の遺骨なのか不明だとして売りに出し、違う所有者の手へと渡った。

そして最近、オークションに出されて個人の収集家が落札。その収集家がGalluzzi氏や他の文化機関に連絡をとり、歴史的文書や長らく所有していた一家に確認を取るなどの調査が行われた結果、ガリレオの遺骨だと判断された。

今回発見された指と歯は来春から同博物館で一般公開されるそうだ。


http://rocketnews24.com/?p=19371
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2009年03月10日

念じると動く車いす、ミラノ工科大学が発表

【3月10日 AFP】イタリア・ミラノ(Milan)のミラノ工科大学(Politecnico di Milan)で6日、目的地に意識を集中すると動かせる車いすが発表された。この車いすはコンピューター制御されており、ディスプレイに表示された目的地に意識を集中すると、頭部に装着した電極が脳信号を受信し、目的地に移動できるというもの。


http://www.afpbb.com/article/environment-science-it/science-technology/2579077/3887782
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