2009年10月30日

高松市が保育所に「芸術士」派遣 11月、イタリアの幼児教育参考

 高松市が市内の公私立の保育所に「芸術士」と呼ばれる芸術の専門家を11月から派遣することが30日、市関係者への取材で分かった。イタリア北部レッジョエミリア市で導入され、欧米などで有名な幼児教育を参考にした高松市独自の事業で、厚生労働省によると、自治体を挙げて保育所に芸術専門家を派遣する取り組みは全国初という。

 レッジョエミリアの幼児教育は、就学前の幼児学校に芸術教育の専門家を配置、子どもの興味に基づいた「プロジェクト」に取り組ませる。自然素材などを使った造形や絵画、音楽表現を通じ、創造性や表現力、自主性などを引き出す独特の方法で知られる。

 高松市は実際の運営を特定非営利活動法人(NPO法人)に委託し、緊急雇用創出基金を活用。20〜40代の彫刻や染色などの専門家8人を約70ある保育所のうち、受け入れに前向きな30弱の保育所に週1〜3回程度派遣する。


http://sankei.jp.msn.com/life/education/091030/edc0910300807001-n1.htm
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世界一高い食材を無駄にしたレストラン

イタリア・トスカーナ州といえばフィレンツェの街が美しいと評判ですが、実は白トリュフでもかなり有名な地で、トスカーナ産の白トリュフは信じられないくらい高額な値段で取引されているのです。たった少しで数十万円なんて当たり前なのです。トリュフはそのままでも美味しいのですが、肉や魚料理と一緒に食べるとさらに美味しいとされています。

世界でもまたとない大きさのトリュフが、2004年にトスカーナでオークションにかけられました。このトリュフはトスカーナ産の白トリュフで約1キロもの重量があり、その値段ははかり知れないものがありました。しかしオークションは値がついてナンボの世界。イギリス・ロンドンのレストラン『ザッフェラーノ』(Zafferano)が、28,000ポンド(当時の相場で約550万円)で落札しました。

ロンドンの『ザッフェラーノ』に持ち帰ったオーナーは、すぐに料理に使おうとせず冷蔵庫に保管。3〜4日ほったらかしにして旅に出て久しぶりに白トリュフを拝もうと冷蔵庫を開けたところ、ショボショボになって縮んだ、風味もヘッタクレもないタダの塊になっていたそうです。その瞬間、550万円がパーになってしまったわけですね。

トリュフの重量が850グラムに減っていたそうですから、150グラムの水分と風味が消えてしまったわけです。そのままゴミ箱に捨てるのは忍びないと思ったオーナーは、ひからびたトリュフを裏庭に埋葬したのでした。

しかしまだ未練が残っているのか、オーナーは「やっぱり伝統ある故郷へと返してやるべきだ!」と思い立ち、トリュフを裏庭から掘り起こしてイタリアへと運んだのです。そして、ストカーナ州のカファッジョーロ城に埋められたのでした。かなりトリュフのことが忘れられなかったようで、まるで人の葬儀のように人員を動員して演奏し、トリュフを埋葬したのだとか。ここまでくると、オーナーがなんだかかわいそうに思えてきますね。


http://rocketnews24.com/?p=17834
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2009年10月29日

伊ブランド「ベルサーチ」、来年に人員削減実施 350人

イタリアの高級服飾ブランド「ベルサーチ」(本拠ミラノ)は28日、経費削減の一環として世界規模で来年、25%の人員整理を実施すると発表した。約350人の合理化となる見通し。

同時に、生産施設、世界で展開する店舗数、投資などでも削減を検討する。同社は声明で、世界不況のあおりで需要が減退、今年の決算は赤字を予想しているとも述べた。赤字幅については触れていない。


http://www.cnn.co.jp/business/CNN200910290015.html
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森本が1発レッドで退場

<セリエA:キエボ2−1カターニャ>◇28日◇カターニャ

 日本代表FW森本貴幸(21)が所属するカターニャは、ホームでキエボと対戦し、先発出場した森本は後半37分に相手へ後ろからタックルしてレッドカードを受け退場した。チームは1−2で敗れた。

 ワントップでプレーした森本はチャンスメークに動いたが得点に絡めず、1点を追う終盤に痛い反則を犯した。


http://www.nikkansports.com/soccer/world/news/f-sc-tp3-20091029-560567.html
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火山が危ない!? 3万ユーロあげるから立ち退いて!

イタリア・カンパニア州ベスビオ火山周辺には、いまだ数十万人の人たちが住んでいる。なぜ「いまだに」なのかといえば、ベスビオ火山の半径10キロ圏内は噴火時に非常に危険であり、州当局が早期の引越しを迫っているのである。そう、すなわち立ち退きだ。

しかし「生まれ育った家から出るなんてもってのほか!」と思っている人たちが多く、さらに立ち退き料を支払ってもらえるといっても、たったの3万ユーロ(約400万円)では今後の生活ができないという人ばかり。

ここ最近の噴火は1944年3月22日に発生しており、村がひとつまるまる溶岩や火山灰に飲み込まれて消失してしまった。またいつ大規模な噴火が発生するかわからないベスビオ火山。州当局としてもできるだけ早く人々を立ち退きさせたいのだろうが、強制的に立ち退かせる事ができないため、四苦八苦しているようだ。ベスビオ火山には富士山のように登ることができる。ナポリからエルコラーノ駅まで鉄道列車に揺られていき、そこからバスで十数分。到着する場所はベスビオ火山の大きなパーキングエリアだ。

ちなみに、エルコラーノ駅のあるエルコラーノもかつてベスビオ火山によって埋没した村があった。つまり、このあたり一帯が危険な区域なのである。旅行時にはベスビオ火山の状態をよく調べてから観光するようにしよう。


http://rocketnews24.com/?p=17765
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2009年10月28日

3000メートル級の山々で海洋生物を見つけよう

1000〜3000メートルの山々が連なるドロミテ山塊は、イタリア・トレンティーノアルトアディジェ州にある。ドロミテ山塊は北イタリアでも有数の絶景ポイントで、オーストリアの文化が色濃いボルツアーノの町から行くことができる。そう、ここはもうオーストリア国境がすぐそこなのだ。

ドロミテ山塊は太古の昔、海が広がる平地だったものが長い年月をかけて隆起し、現在のような山塊となった。それゆえ、数百万年前の魚介類やさんご礁などの姿を化石として見ることができるのだ。

歩いているだけで見つけることがあるかもしれないが、ほとんどは断崖絶壁やなかなか人が行けないような荒れた場所にあり、なかなか手に入れることは難しい。どうしても見てみたいという人はガイドを見つけ、相談してみるといいだろう。

ちなみにボルツアーノの町はオーストリアの文化が入り混じっているが、ドイツの文化も入っているのでかなり面白い町となっている。ドイツ語表記、オーストリア語表記などが町中に混ざり合っているのである。少なくとも、イタリア感は他の地域より少ない。それもまた、面白い要因のひとつだ。

【崩壊しつつあるドロミテ山塊】
ドロミテ山塊はたびたび小さな崩壊を繰り返し、大規模な崩壊は2004年に発生した。それゆえ、一部の風景がそれ以前とは異なっているため、2004年よりも以前にドロミテ山塊に行ったことがある場合はもう一度観に行く価値がある。ドイツやオーストリアからも行きやすい場所なので、旅の時間に余裕があれば寄ってみるといいだろう。


http://rocketnews24.com/?p=17721
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2009年10月27日

まさかアレがお風呂になるとは!

イタリア・トレンティーノアルトアディジェ州のガルデーナ谷には、世にも珍しいお風呂がある。「そのお風呂は世界でもここでしかないのでは?」 とも言われており、知る人ぞ知るお風呂なのだ。

そのお風呂とは、干草風呂(ほしくさぶろ)である。イタリアではバンニョ・デ・フィエーノ(bagno di fieno)と呼ばれており、干草で敷き詰められた浴槽に入るお風呂なのだ。もちろんお湯も入れるのだが、そのほとんどが干草であり、少し水面に草や花を浮かべるだけのアロマ風呂とはワケが違う。

この干草風呂に使われる草は雑草だけでなく、香草なども混ぜてあるものが人気だ。ガルデーナ谷やシウジアルプス(山地)に自生しているものや栽培された草に水分を含ませて数日間発酵させ、いい塩梅(あんばい)に発酵した干草を浴槽に入れる。

全裸だとチクチクして痛いので、干草風呂に入る際は布やタオルなどを巻いて入るのが普通だ。たっぷりと干草が入った浴槽に入ったら、次はお湯または水を足していく。浴槽が干草とお湯で満たされたら、そこからだんだんと追いたきでお湯の温度を上げていく。すると干草からあらゆる有効成分が出てくるため、体にそれが浸透して健康効果を与えるというのだ。

イタリアといえばグルメに目が向きがちだが、このような美容や健康の面でも魅力的な面がある。もしイタリアに行く機会があれば、美容にも優しい旅程にしてみてはいかがだろうか? ちなみにトレンティーノアルトアディジェ州はオーストリアに隣接する地域なので、スイスやオーストリアなどに行く際、立ち寄ってもいいかもしれない。


http://rocketnews24.com/?p=17606
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2009年10月26日

ベッカムがミラン復帰=期限付き移籍で合意

【ロンドン時事】サッカーのイタリア1部リーグ(セリエA)、ACミランのガリアニ副会長は26日、米ロサンゼルス・ギャラクシーに所属するイングランド代表MFベッカムが、来年1月からの期限付き移籍で復帰することを明らかにした。

 ロイター通信によると、同副会長はイタリアのメディアに「百パーセント間違いない。足りないのはサインだけで、話し合いはまとまった」と話した。期間は来年6月までになる見込み。

 昨季もミランに期限付きで移籍したベッカムは、来年のワールドカップ南アフリカ大会出場を目指し、米国のオフシーズンに欧州でプレーすることを希望していた。


http://www.jiji.com/jc/c?g=spo_30&k=2009102600917
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岡田ジャパン断念していた「イタリア戦」

 サッカー日本代表の岡田武史監督は26日、国際親善試合の南アフリカ戦(11月14日)のメンバーは欧州組優先で選び、国内組を含めて22、23選手で臨む考えを示した。来年6月開幕のワールドカップ(W杯)までに、欧州組を招集できる最後の機会になる可能性があることが理由という。

 また同監督は、南ア戦を行うオーランド競技場のピッチ状況が悪いため、同じヨハネスブルク内の小規模会場に変更される可能性を示唆。イタリアから11月18日の親善試合実施を打診されたが、アジア・カップ最終予選の香港戦があるため断念したことも明かした。


http://www.sponichi.co.jp/soccer/flash/KFullFlash20091026082.html
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海王星は400年前にガリレオによって発見されていたかもしれない

太陽系8番目の惑星である海王星はユルバン・ルヴェリエらの予測をもとに1846年にヨハン・ゴットフリート・ガレにより発見されたとされているのですが、実はその233年前の1613年にガリレオ・ガリレイによって観測されていて、惑星を発見したことにガリレオ自身は気付いていた可能性が高いようです。

「それでも地球はまわっている」と地動説を支持したことや振り子の等時性(一定の周期で揺れる性質)・落体の法則を発見したことで有名なガリレオですが、死後360年以上を経て新たな業績が認められることになるかもしれません。

太陽に近い方から8番目の惑星、海王星。質量が地球の約17倍の巨大な氷惑星で、表面温度はマイナス218℃です。

メルボルン大学の物理学科長David Jamieson教授は約400年前のガリレオのノートを調査中で、今日では海王星と呼ばれる新惑星をガリレオが観測し、それが惑星であることにガリレオは気付いていたという証拠をこのノートの中に発見したと考えています。この仮説はAustralian Physics誌に発表されました。もし本当なら、古代から知られていた目視できる惑星(水星・金星・火星・木星・土星)以外では、人類により発見された初めての惑星は海王星だったということになります(天王星の発見は1781年)。

ガリレオは1612年から1613年にかけて木星の衛星を観測し、その記録をノートに残しているのですが、その中で数夜にかけて、現在の天体カタログには載っていない星の位置が木星の近くに記録されています。

「数十年前から、ガリレオが観測したこの未知の星が実際には海王星であったということがわかっています。コンピューターによるシミュレーションで、ガリレオの観測の精度が証明されています。そのころの海王星はガリレオが記録したのとほぼ同じ位置に、暗い恒星のように見えたはずです」とJamieson教授。

1613年1月28日のガリレオによる木星と3つの衛星の観測記録。右下に「b」として海王星が記録されています。ガリレオは当初この星を恒星だと考えていたのですが、前夜の位置から移動していることに気付き、書きとめています。

そして、今回Jamieson教授がガリレオが惑星発見を自覚していたことの証拠だと考えているのが、1613年1月6日のノートに記録されている説明のない黒い点です。

海王星があるべき位置に黒い点が記録されています。

Jamieson教授は「この『点』は、ガリレオが以前にも観測したがその時はありふれた恒星のように見えたため気に留めていなかった海王星を、ノートをさかのぼって(1月28日とくらべ)木星に近い位置にを描き加えたものだと判明するのではないかと考えています」と語っています。もし1月6日のノートに記されたこの点が実際には1月28日に書き込まれたものだとすれば、新しい惑星を発見したかもしれないとガリレオ自身が考えていたことの証拠と言えるのではないか、と教授は提唱しています。

以前ガリレオの原稿のインクを分析したことがあるフィレンツェ大学の微量元素専門家たちの技術により、この「点」が描かれた日付まで特定することが可能かもしれず、この分析は今年10月中にも実施されるかもしれないとのことです。

「ガリレオは1613年1月に木星の観測中に視界を横切っていった天体を見て、新しい惑星であるという仮説を立てていたかもしれません」とJamieson教授。「これが本当なら、ガリレオは海王星を公式な発見の234年前に発見していたということになります」

また、ガリレオの手紙やノートにはまだたくさんの興味深い証拠が眠っている可能性があるそうです。「ガリレオは新しい望遠鏡で驚くべき発見をした際には、自分が第一発見者であると後に証明できるように暗号化した文章やアナグラムを同僚に送る習慣がありました。土星の輪や金星の満ち欠けを観測した際にも行っています。もしかするとどこかに、新しい惑星を発見したことを示す暗号を書き記しているかもしれません」と教授は推測しています。


http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20091026_galileo_discovered_neptune/
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